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GRIZZLY GARAGE

自己満足の、自己把握用のデータベース。覚え書き。

50年代、作り物のアメリカ

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MATCHBOX BUICK SKYLARK 1953

SL銀河の停車駅、遠野のおもちゃ屋で購入したマッチボックス。
街のおもちゃ屋と言った佇まいにも関わらず、ホットウィールやマッチボックス、更にはTLVまで置いてあるのにはちょっと驚いた。観光地という立地と近辺におもちゃを取り扱うようなお店が皆無に等しいからだろうか。

正直に言ってしまえばこの年代のアメ車は一部の層にしか刺さらないこともあり、売れ残りのようなアイテムだが、地味に買い逃していたアイテムだったのでありがたくお持ち帰り。

ビュイック。かつてはフォードのマーキュリー系と並び、GMの中間ブランドとして名を馳せていたが、気付けばオペルのOEM車中心となり、アメリカ国内でほぼ力を入れなくなり、中国市場でなんとか生きながらえているような、そんなブランドにまで凋落してしまった印象がある。

そんなオペルもPSAに売却された事もあり、今や、ワンランク上のSUVブランドのような扱い。かつての栄光は過去になって久しく、日本人どころか、アメリカ人ですら、車に興味が無い限りこのブランドを認知して居ない気がするレベルにまで、影が薄くなってしまった。

だが、フォードの今は亡きマーキュリーと並び、20世紀には名車を生み出してきたブランドでもある。
それだけに、ここまでの凋落ぶりには物悲しさもあるが、これもまた時代の流れ故に仕方のない事。オールズモビルが、ポンティアックが消え去ったように、ビュイックもまた、その危険性があった中で、辛うじてブランドが残ったのは幸運なのかもしれない。

とは言え。ホールデンのように、ある日突然ブランド廃止が言い渡される可能性だって0ではない。既に資本主義国家では経済格差が広がり、所謂「中流階級」が消え失せて久しいのだ。
どこからどこまでを真ん中、アベレージ、或いは中央値とするのかは難しい故に、何を持ってして「中流階級」と言えるのかはわからないが、経済格差による中流階級層の消失が自動車の中流階級向けブランドの消失にそのまま直結したのは事実だ。

結局の所、自動車において「真ん中」という概念は実は使い勝手が良いように見えて実は一番の器用貧乏だったりするのかもしれない。
何せ、高級感が欲しいならそのまま高級車を買えば良い話だし、実用性を選ぶなら実用性・経済性重視の標準ブランドを買えば良いという話になってしまうし、そのどっちもとなるとやはり”中途半端”なイメージが付いて回る。

昨今、いろんな車種から”中間グレード専用”が消えたのもそういう理由に思えてならない。一番上のグレードを買うか、標準グレードを買うか、標準グレードから装備を省いた廉価グレードを買うか。標準グレードこそが中間グレードと言えなくもない。が、やはり実際は廉価グレードは事実上の事業者向けのそれでしかなく、標準グレードか上級グレードの二択に近いのは間違いないだろう。

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50年代。アメリカのゴールデンエイジ。現代のアメリカから遠く過去になった時代は”作り物”の時代になりつつある。
いや、既に50年代どころか、80年代以前のアメリカは美化されて、”作り物”の時代になっているのかもしれない。それは人がどうしても「昔は良かった」と過去を美化してしまうからであろう。

当時は当時の、今とは異なる問題や、今では問題とならなくなった事象が問題だった時代でもあり、決して今よりも「優れていた」わけではないはず。しかし、そういう部分は埋没し、過去として忘れ去られ、良い部分だけが残り続け、結果として過去の時代は「作り物」となる。そんなところだろう。

アメリカ文化の良さがなんたるかは前にも触れた通り。それは映画も同じ事。アメリカ映画に求めるものは仏映画や邦画のようなどこか陰鬱さを孕んだ、後味がスッキリしない作品ではなく、娯楽に極振りした、後味スッキリの爽快感のはず。

昨今、アメリカ映画は海外資本によるスポンサーの影響なのか、それとも既にアメリカ国内ではそういった定型文的な、後味スッキリの娯楽極振り作品が飽きられてしまっているのか、やや小難しく、後味もスッキリしない作品が増えた。

それは人種やセクシャリティを含めた、マイノリティに対する配慮が原因……というわけではないが、どうも”良い作品”や”面白い作品”よりも、そういったマイノリティの配慮が全面に出過ぎて居て、本質を見失ってしまった作品が増えた事に起因すると思う。

無論、そういうマイノリティに配慮した作品が悪いわけではない。
上手い具合に娯楽としても面白さを兼ね備えながら、マイノリティが抱える社会問題を提起する作品もたくさん昔からある。

そして奇妙なことに、そういった両方を兼ね備えた作品はホラー映画である傾向が強いように思う。
ゾンビ映画の生みの親であり、巨匠ジョージ・A・ロメロの「Dawn of the Dead」こと「ゾンビ」。これはあの当時、肥大化した資本主義に対する批判という側面を持つ。
最近の作品なら「アス」や「ゲット・アウト」はまさしく、人種問題に一石投じながら、ホラー映画としてのクオリティも高い。

しかし、これらの作品はただの「娯楽作品」として消費できるかというと別問題。そもそもで、ホラー映画が人を選ぶ作品故に、シンプルな娯楽作品として見れるかというと難しいと思う。

……と、長くなりそうなのでここから格納。映画のお話。「トップガン:マーヴェリック」を観てきたのでそこも少し触れつつ。

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2000年代までに観られたアメリカ映画の特徴。これは変化するのかと言えば、そうではないと感じる作品は今年に入って既に2つ観ている。

一つ目。「シニアイヤー」。ただのラブコメディではあるし、一分の内容が賛否を呼ぶ部分があるのは事実だが、2020年代のアメリカ映画として見ると、よく出来ているなと、感心してしまった。

前述の通り、2000年代までのアメリカ映画と言えば、「頭を空っぽに、小難しい事は考えず、ハラハラドキドキする展開はあれど、後味スッキリ、楽しく終わる」作品が結構多かった。全部がそうだとは言わないが。

このシニアイヤーの面白いところは、2002年に女子高生だったヒロインがライバルの計略により、不慮の事故に遭い、20年間昏睡状態に陥り、2022年に目を覚まし、残り僅かな高校生活を2022年に過ごす……というあらすじなのだが、20年間でアメリカの文化が、価値観がどれだけ変わったかをシニカルに、でもコミカルに描いていて、それでいて展開諸々が「2000年代のアメリカ映画」に見られた「後味スッキリ、楽しく終わる」映画に仕上げて来たところ。粗が全く無いわけではないが、娯楽映画としては及第点。


二つ目。現在公開中の映画、「トップガン:マーヴェリック」。
トム・クルーズの出世作「トップガン」の正式な続編。2年に渡る公開延期で正直期待値は下がる一方だったのだが、今ならわかる、公開延期してまでも、世の中の人の目に触れさせたかったのだと。

アメリカ映画には間違いなく辛いであろう、芸術家肌の多いフランス人がこの作品を評価し、観た映画ファンが口を揃えて「良かった」「何回でも観れる」と言えるのは納得の理由がある。それはこの映画はまさしく「アメリカ映画」に求められる要素をすべて兼ね備えて居るから。更に、拘りの強いトム・クルーズのおかげでCGではなく、”ホンモノ”を使って撮ったシーンも多数。迫力が違う。

そしてアメリカ映画に求められる「スッキリとした後味」「ハラハラドキドキする展開があるが主人公が結局は解決してくれる」「派手なシーンやカッコ良いシーンがわんさかある」「アメリカの広大な土地で培われた文化」「王道ストーリー」がすべて凝縮されている。2時間を超える作品ながら時間の長さを感じさせない。
無論「作られたアメリカ」故に「現代のアメリカ」とは異なる部分もあるが、そもそも、アメリカ映画にみんなが、特に日本人が求めているのは「作られたアメリカ」であり、現代の病的な問題を抱えている「現実のアメリカ」になど、関心を持ってないと当方は思わざるを得ないのだが、如何か?

無論、過去には「作られたアメリカ」と「現実のアメリカ」の乖離が少ない時代もあっただろう。ましてや、昨今のアメリカ映画は「現実のアメリカ」を見せる作品が多い。故に乖離が少ないと言える。

だが、その結果、かつてのアメリカ映画にあった要素がこそぎ落とされたのは、映画で「作り物のアメリカ」を作る事をやめて、「現実のアメリカ」を見せる事にしたからではないか。つまる所、アメリカ映画が、洋画がつまらないと言われるようになった要因はここにあると思うのだ。

まあマーベルのように「娯楽性」を持ちつつ、SFという形で「フィクションのアメリカ」を築きながら、「現実のアメリカ」と地続きに思えるような作り方もあるのだが。
尤も、こっちもこっちで「パラレルワールドのアメリカ」に近い故にやはりどこか生々しい部分もあり。

結局上から下までそれぞれ映画作品は存在する以上、その時に見たい気分の映画を見るのが一番という結論にはたどり着いてしまう。
小難しく頭を考えたい時もあれば、頭を空っぽに、スッキリ出来る後味の映画を見たい気分もあれば、逆に後味最悪の映画を見たい時まで気分は様々。

少なくとも、当方は「作られたアメリカ」を観たい人間なので、やはり2000年代までに観られた、娯楽性重視のアメリカ映画の雰囲気が好きだし、今回、トップガンはそこを非常に突いていて、ここ数年のアメリカ映画で最も面白い作品だと感じた。

そして最後に。勘違いされそうなので言及しておくと「トップガン:マーヴェリック」はただ娯楽性に振っただけの作品、というわけではない。
見せ場はたくさんあり、揺れ動く登場人物の心情描写もしっかり描かれている。当然、ただ娯楽性に振った作品は人によっては「薄っぺらい」と感じることもあるだろう。しかし、トップガンがそうはならないのは、骨組みがしっかりとしているから。テーマを持ちながら、アメリカらしい、たっぷりと極振りしたエンターテイメント性で肉体を築き上げ、それを再びテーマと思い出補正でコーティング。

ある種、アメリカ映画が一番得意としていたのは「テーマのある、娯楽性の高い作品」だったと思うのだが、それも過去になりつつあるなかでまだその腕は健在……というわけか。
これを皮切りに、また面白い作品が増える事を願って。





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テーマ:ミニカー - ジャンル:車・バイク

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